ビーの泉4088コラム


最終更新:2026年3月6日

コラム


全集中でIN点とOUT点の能動的な鑑賞を!

「ドラゴンクエスト」シリーズの音楽を全面的に支えた「すぎやまこういち」はフジテレビで音楽番組のディレクターを務めながら職業的に作曲を手掛けてきた人物。「祖母の讃美歌」「家族での合唱」など、幼少期に完全に暗記した楽曲も非常に多いはずですが、大人になってからの研鑽としてはクラシックからポピュラーまで膨大なレコードを1枚ずつ聞いては、その印象などを記憶したりノートに書き留めたりしてきたに違いありません。作曲はゼロから始めるものではありません。どれだけ広範に音楽を知っているかが問われます。とはいえ、いかんせんレコードを1枚ずつ聞くしかなかった時代には限界があります。読書には読書ノート、音楽鑑賞には音楽鑑賞ノートをつけるものですが、聞きながら何かを書くのは、とても気が散ることです。全集中聞くことへの集中を途切れさせることなく、聞いた音楽の「ここから」「ここまで」(IN点OUT点)を簡単な操作で選択してノートに貼り付けられる『本当のマルチメディア』が実現すれば、わたしたちの大きな力になってくれるでしょう。なお、ここで「聴く」と「聞く」が混在しているのは表記ゆれではありません。職業的もしくは中立な立場で客観的に「聞く」、個人的な満足のために「聴く」、だいたいそのような意味で使い分けます。99の主題や変奏を「見つけ」て短い「メモ」を残す作業にはおよそ2日(初日に8割、翌日に2割)、それをもとに「ノート」として仕上げる作業に5日ほどを要しました。最初は完全な手作業で「メモ」をつけましたが、途中から簡単なデータベースを構築して、ソートや重複排除ができるようにし、情報の漏れや取り違えも防ぎながら「ノート」を書き足していきました。わずか99という数でも、とんでもない取り違えが頻発したのは『ここだけの話』です。簡単そうに見えることでもシステム化が重要だと痛感されます。義務教育における芸術科目の指導法として定着しているものに「なりきりアーティスト」があります。国語の授業からの敷衍で、作品の作者になりきって作品の説明をしたり、模写や演奏に取り組んだりするのです。ただ、これはあくまで実技科目として成績を付けるための方法で、実技が問われる場面での「なりきり」にはかなりの困難を伴ないます。これが苦痛で芸術が嫌いになってしまっては本末転倒に過ぎます。IN点OUT点を指定しながら鑑賞するという方法は、いわば「なりきりディレクター」。ダイジェスト映像を作る要領でばっさばっさと切り刻みます。

公共図書館とナクソス・ミュージック・ライブラリー(NML)

近年、公共図書館で「ナクソス・ミュージック・ライブラリー(NML)」というクラシック音楽のデータベース・音楽配信サービスを導入(契約)する事例が増えているといいます。NMLは音大での導入が先行していて、音大の卒業後に公共図書館でも使いたいといった専門性の高い利用者からの要望に応えて導入が進んでいるようです。公共図書館の利用案内でNMLというサービスを初めて知ったという市民も多いことでしょう。利用者の属性に何らの仮定を置かないとき、NMLを自力で活用することは非常に難しいことです。放送局には「音楽資料室」と呼ばれる専門の部署があります。これは企業内図書館の一種で、放送に使用するレコードやCDの収集、目録の作成、番組制作のための楽曲検索を助けるレファレンスサービスなどの業務があるようです。これまで放送局の音楽資料室や音大の図書館のスタッフひいては音大の教員が担ってきた楽曲検索の指導やサポートを、公共図書館でも広く市民のために提供することはできないものでしょうか。公共図書館が自館で所蔵する音楽CDについてのレファレンスサービスは行なわれてきており、レファレンス事例の蓄積もあります。しかし、輸入盤が中心となるクラシック音楽のCDを対象とした検索では、必ずしも日本語の情報が十分でないという状況にも対応する必要があります。NMLで配信される音楽は膨大で、利用者が「なんとなく」選ぶだけでも何時間もの音楽鑑賞ができてしまい、利用者はすっかり『満腹』になってしまうかも知れません。ここで思い出していただきたいのが、企業内図書館や大学図書館と異なり、公共図書館は教育機関だということです。利用者が求めるまま至れり尽くせりの『検索代行』をしてしまうのはいけません。利用者自身が試行錯誤しながら楽曲検索に習熟するのを助ける『音楽版パスファインダー』のようなものを作成するつもりで、このサイトを作ってみました。いかがだったでしょうか。公共図書館で提供できるNMLの同時アクセス数は本当にわずかです。NMLは音楽配信サービスである前にデータベースです。楽曲情報や演奏者情報をキーとして関連作品を検索できたり、CDのブックレット(ライナーノーツ)がまるごとPDFで読めるというところにこそ利用価値があります。一部の利用者が漫然と音楽鑑賞するために浪費されてはなりません。利用者自身の個人的満足のための長時間の音楽鑑賞というアクセスは、NMLではなくYouTubeへ誘導したいものです。

西日暮里壁新聞の三谷です!「企業内図書館」は法令上の「図書館」には当たらないため、所蔵資料の複製や外部への貸し出しなどは認められません。ここでの「企業内図書館」という呼び方は、図書館が持つべきとされている「機能」を有している点に着目したものです。

アルバムのタイトルを読まずに識別する方法

同時に取り扱うCDが3枚や5枚ならよいのですが14枚となると取り違えに取り違え、そもそもどのCDがどういうCDなのかを覚えるのも難しくなります。ビートルズのアルバムをジャケットの色で呼ぶのに倣い、ジャケットのイメージに即して仮の呼び分けをしてみました。いかがだったでしょうか。ここで聞いたナクソスの14枚の「ベートーヴェン」のアルバムは、花の写真を用いたもの、ウィーンの風景の銅版画その他の絵画を用いたもの、建物や庭園の写真を用いたものに分かれますが、花の写真は同じ品種の色違いなどが選ばれており、識別にはとても苦労します。NMLではジャケットのイメージが拡大表示できます。この画像のURLを指定してGoogle画像検索を行ない、画像の内容に関する「AIによる概要」を頼ります。ライナーノーツで確かめたわけではないので誤りがありましたらひらにご容赦を。なぜか「アジサイ」など日本的な題材がジャケットに使われているものがあります。そう言えばナクソスの奥様は日本人なので、奥様が担当されたプロジェクトではジャケットが日本的にされているのでしょうか。さっぱりわかりません。選択範囲を少し動かすとまったく別の花の名前が出てくることもあります。あるいは、日本語でOKGoogleを利用しているためか、日本国内で販売されている(非常に品種改良が重ねられた、ある意味では特殊な)最新の品種の名前が無駄に詳しく出てきて困りました。ドイツ語で書かれたウィーンの画家の情報を読むのにはGoogle翻訳が役立ちました。思いのほかGoogleの機能をありったけ使うタスク(検索課題)となりました。図書館におけるレファレンスサービスでは、ベストを尽くして回答を導出する責任があるとされています。Googleの機能を使うことを『ずる』と考えることのないようにしてください。なお、ジャケットが気に入ったから楽曲も気に入る、またはその逆など、無用な先入観を持たないようにするためジャケットを見ないようにしたり、アルバムや楽曲のタイトルをいっさい知らない状態で聞きたいという場合があります。そのような場合においても、楽曲情報などを取り違えては困りますので、アルバムのタイトルを読まずに識別する方法を持っておくことは重要です。「利き酒」のように「右」と「左」などの置き場所で区別したり「番号」を付けるという方法もありますが、ある程度の数があるときに「番号」を付けてしまうと、それが新たな先入観ともなりかねません。よく考えて方法を決めてください。

作編曲のためのテンポと鑑賞のためのテンポ

ナクソスが誇る(と言われる)ピアノの安藤「イェネ・ヤンドー」はハンガリーの音楽教師。いかにも教師“然”とした演奏が、そのままCDになっています。最大の特徴は、テンポが非常に速い(と感じられる)こと。『廉価版』のレーベルとして認知されていた初期のナクソスにおいて、1枚のCDになるべく多くの曲を詰め込もうという狙いもあったのかも知れませんが、まるで自動演奏のピアノに記録してから速度を上げて再生したかのよう。そう、まるでDAWを使った作曲で最初はテンポを適当に設定して取り掛かる、あの感じです。鼻歌とギターで作曲する人はよいですが、DAWというデジタルなツールは融通が利かないので、「うんたん」とは言いませんがどんな曲を作るのか決まっていないうちから、テンポを設定してやらなければなりません。…「うんたん」とは、言いませんが! 和音の響きを味わったりリズムを楽しんだりするにはテンポを適度に遅くする必要がありますが、テンポが遅いとメロディーや曲全体のイメージは掴みづらくなります。『倍速再生』とまでは言いませんが(言っても悪くはありませんが)、鑑賞に適したテンポよりかなり速いテンポを設定しておかないと、作曲や編曲がしづらいという感覚があるはずです。「ベートーヴェン」は「メトロノーム」を活用しようとした最初期の作曲家としても知られています。ただ、『ベートーヴェン』のように1曲の中でテンポの変化が激しい場合や、テンポがなだらかに変化することこそを特徴とする曲で「メトロノーム」を使おうというのは無理があります。「ベートーヴェン」は幼少期に虐待じみたピアノの特訓を受けたと言われ、それゆえの高速な演奏技術に裏付けられて作曲がはかどったという側面があるでしょう。うらやましいことではありますが、虐待じみた特訓など勘弁です。わたしたちはDAWというデジタルなツールを使うことで「ベートーヴェン」のような演奏技術を手元でハンドリングすることができるのです。技術とは、人を苦しめるものであってはなりません。『ベートーヴェン』の楽譜に記された速度の指示は、多くの演奏家にとって「速すぎる」と感じられるという指摘があります。そう、まさに『ベートーヴェンのテンポ』とは、聴衆に聴かせる演奏のためではなく、自分自身の作曲と推敲のためのものだったのです。「イェネ・ヤンドー」の機械のように正確無比で無慈悲な演奏は「ベートーヴェン」の指示を正確に守ったもの。「ベートーヴェン」はこの速さで作曲していたのだというところを味わいましょう。

※ハンガリー語圏では「ヤンドー・イェネ」の順で表記。逓信大臣はプリン星人「ウィリアム・アダムス」は「三浦按針」未来人の水道水「ステファン・キースリンガー」は「木蔦捨次郎」になってしまう日本では校長先生は宇宙人「ヤンドー・イェネ」が「安藤稔」になっても驚きません。

ウィキペディアを使おう

「ウィキペディア」は「百科事典」です。「一般的な事実」が書かれている辞書や事典は「参考文献」のリストには入れないという慣習があります。辞書や事典の項目を丸写しするのはいけませんが、そこに書かれている「一般的な事実」に著作権はありません。ウィキペディアの記事の質は分野により千差万別ですが、クラシック音楽、特に「ベートーヴェン」ほどにも「一般的」な内容については、既に十分に校正済みと見てよいでしょう。日本語版にしかないような勝手な記述があれば無視すべきですが、たいていのページは英語版からの翻訳であり、たいへんしっかりしています。世界中の英語の話者が寄ってたかって編集している「ウィキペディア」を侮ってはいけません。「ベートーヴェン」に関するウィキペディアの内容は、英語版の編集における議論を通じて“生き残った”最大公約数的な『当座の常識』とみなすことができます。「ウィキペディア」を排除して「ベートーヴェン」に関する情報を日本語で探そうとすると、日本の国内事情に依拠した『教育的』しかし『初等』の内容に終始するものや、日本でしか知られていないような指揮者や評論家の発言ばかりを不当に重視してしまうことになります。個々別々の図書にいきなり当たるのでなく辞書や事典を先に活用するのは情報探索の鉄則ですが、いわゆる音楽辞典(事典)の類楽器やレコードを売らんがためという編集に陥りがち、あるいはヤマハ音楽教室に通わねばと駆り立て演奏技術の追求に偏りがちです。国際的な『常識』を知らないまま『初等』の知識をひけらかすような恥を利用者にかかせてはいけません。その意味で、図書館のレファレンスサービスとしてベストを尽くして情報源を吟味した結果が「ウィキペディア」だという場合が現状では存在し得ることを正しく認識してください。「ウィキペディアを使った」と書いてある記事は『手抜き』だと決めてかかるのはいけません。図書館は教育機関だということを思い出してください。利用者が辞書や事典を活用するよう促す責任があります。なんとアメリカでは「ウィキペディア」を本当に排除しようとする実業家がいるそうですが、その発端はきっとささいなことなのだろうと強く思わされます。歴史的には「百科事典」という『権威』にたてつくことこそ若者の特権と思われてきているはずです。「ウィキペディア」に反発して『代わりの百科事典』を作ろうというのは、まさに「ウィキペディア」を作った若者たちそのものではありませんか。