ジパング
ドラクエ3の「ジパング」は四国が大きいが淡路島が見当たらない。なるほど、琵琶湖はまだない。ドラクエ3の「ジパング」は、淡路島と琵琶湖ができる前の時代を描いているのだ。その「ジパング」が2024年11月14日に発売されたHD-2D版ではすごいことになっている。どこへゆくドラクエ3。そして「ジパング」。ディスカバーなにがし。ゆえに我あり。
- 「ジパング倶楽部」(2016年3月9日):
「ジパング倶楽部特別なカシオペアスイートでいく」→「大急ぎで高所得退職者のための甘い寝台車は星になる」/…星になっちゃいました☆ - 「ジパング倶楽部とは」:
北海道から九州まで日本全国に展開するJRホテルグループのホテルがご優待料金でご利用いただけます。 - (一財)国土技術研究センター「意外に大きい日本の国土」:
地理学という学問では、オーストラリア大陸以上の面積を持つ陸地を「大陸」といい、それ未満の面積のものは「島」に分類されます。世界で一番大きな島は、デンマーク領のグリーンランドです。面積は日本の国土の5.7倍あります。日本の本州も島としては実は世界第7位の大きさです。ユーラシア大陸があまりに大きいので、世界第7位の島と言われてもピンときませんが、意外と大きいのですね。 - 「見た目で「こんな感じか」と思うポイントより上か下かで印象が異なるので面白い」(2006年6月6日):
白いものには「軽そうだ」という先入観を持つので重く感じられることが多い
四国4県の面積は18,803km2。これが、ドラクエ3のフィールドマップでは3マスで表現されている。1マスは6,268km2である。九州8県の面積は44,512km2。ドラクエ3のフィールドマップでは7マスで、1マスは6,359km2。四国と九州は同じ縮尺で描かれている。これに対し本州の面積は225,800km2。ドラクエ3のフィールドマップでは14マスで、1マスは16,129km2。四国の縮尺と比べて0.6倍くらいに小さく描かれていることがわかる。なお、北海道はドラクエ3のフィールドマップでは6マスで、九州より小さい。83,422km2が6マスで描かれているので1マスは13,904km2で、四国の縮尺と比べて0.7倍くらいとなっている。これには「ドラゴンクエスト」の制作陣が「オホーツクに消ゆ」のロケハンで北海道を訪れたことが少なからず大きく影響しているだろう。訪れる前は「非常に広い」というイメージを持っているが、実際に訪れてみると、いくら高台に登ろうとも地球の丸みのせいで一望できる範囲は一定だ。このような心理的なギャップにより「思ったほど広くない」という印象が強く生じて、実際の北海道の面積の数字よりだいぶ小さいと知覚されるのである。また、北海道についての学習において面積を数字で暗記することは稀で、どちらかと言えばあの独特の形状のほうを覚えがちである。北海道という島の形はああいう形で東西南北それぞれに尖っているので、面積が大きいとは感じられにくい。あるいは地図の図法について習いたての年齢の人が得意げに「実は北海道は小さいんだよ!」と過剰に言い募るきらいがあるのも一因かも知れない。では、ドラクエ3のフィールドマップで四国が2マスならよいのか。それでは小さすぎるというのは論を待たないだろう。横に3マスないと、四国の『横長』な感じを表現できないのである。あくまで四国は3マスとして、縮尺を四国と九州に揃えるならば、本州は36マス、北海道は13マスで描くこととなるが、それもまた四国が小さすぎるという印象になってしまうだろう。かようにドラクエ3とは四国に強いこだわりがある作品なのだ。…え? ちがう?
- 「宇野さん」(2024年5月1日):
“東西南北というのは人それぞれ”/…『東西南北というのは人それぞれ』!!(※あきれ顔) - 「渡りに船」(2021年1月16日):
新聞のコラムなど、目まぐるしく複数の文脈を往復しながら、AにかこつけてBをこきおろし、BにかこつけてCをこきおろし、CにかこつけてAをこきおろすというような「渡りに船」 - 「坂崎幸之助」(2024年9月1日):
美術で習う明朝体では漢字しか描けない!(※ラノベのタイトルみたいな言いかた) - 「ジャポニスムは西洋の絵画だけでなくクラシック音楽にも影響を与えていた! 」(2025年2月13日):
プッチーニは日本を一度も訪れたことがなかったにもかかわらず、日本の文化や日本人の精神を見事に表現しています。/ドビュッシーも、自宅の書斎に《冨嶽三十六景・神奈川沖浪裏》を飾るほど北斎の作品を気に入っていたそうです。そんな彼がこの絵画から着想を得て作曲したのが、3つの楽章で構成した交響詩『海』です。/ラヴェルもまた、自宅に浮世絵を飾るほど日本美術に高い関心を抱く作曲家でした。そして彼もまた北斎の《冨嶽三十六景・神奈川沖浪裏》から着想を得て、全5曲のピアノ曲集《鏡》の第3曲『洋上の小舟』を作曲したのです。 - 「岡野貞一」(2024年2月29日):
…う゛、さ゛、き゛、お゛、い゛、し゛、かーのー「P.P.M.P.C」っ!!/成金みたいな人が故郷への感謝も忘れ都会で威張り散らすのを「P.P.M.P.C」を引用することで風刺したのだ。(※画期的な新説)/“岡山の教会で宣教師からオルガンの演奏法を習った。”/“1918年より文部省編纂の尋常小学唱歌の作曲委員であった。”/音楽家というよりは役人なんだよね。(※個人の感想です。) - 「学生生活」(2019年1月1日):
“「あなたは大学(院)時代、専門の学習・研究にどれほど意欲的に取り組みましたか」”/“現在の大学教育をめぐる見解を決めているだろう50代といった世代が、どのような学生生活を送っていたのかという問いを提示せずにはいられない。”/“大企業関係者ほど「大学における専門の学習・研究は役に立たない」と判断するようになるのは必然のことともいえそうだが、問題はその先である。つまり、一般的に考えて、大企業関係者ほど発信力が強く、その声が注目されやすい。大学教育の意味を疑問視する声があるとすれば、その背景の一端にこのような事情があることを、私たちは頭に入れておくべきであるように思われる。” - 「母語」(2021年8月25日):
“外務省に入省した若手は、語学上達を期待されて海外の大学院に送られることがある。”/“ところが、若手官僚は留学先で寮と研究室の往復ばかりで“使える英語”を磨かない者が多い。”/本当に大事なことは母語で発言すべき。そのためにじゅうぶんな母語を持っていなければならない。なんとなく会話ができるという程度ではまったく不足である。 - 「見えない紐」(2023年9月1日):
ビックカメラで炊飯器を買う人とマツモトキヨシで化粧品を買う人に、昔の日本人を見る。現地語または英語ができないと移動すら難しい。買い物が終わってしまったら、ぼーっと迎えのバスを待つばかりである。日本人の団体客がエジプトあたりにでも行ったら同じことであるが、見えない紐でくくりつけられているようなものだ。/“「絵を描くことは写真のように描くのが一番いいと考えずに、想像して目に見えない世界を描くのが良い」と、安野は語っていた。”
NHK-FM「古楽の楽しみ」に出演した「濱田芳道」(2025年12月5日放送)はバーゼル・スコラ・カントルムに留学中「なぜ『日本人』が「こんなところ」でリコーダー「なんか」吹いているんだ」という目にさらされ「肩身の狭い思い」をしたという。長崎に伝わった「南蛮音楽」を挙げ「天正遣欧少年使節」についてとうとうと語る「濱田芳道」ではあるが、日本でリコーダーを専攻しても、せいぜい「けん玉の名人」の同類としか思われないのは事実であるし、そもそも「なぜ『日本人』が「こんなところ」でリコーダー「なんか」吹いているんだ」への『答え』にはなっていない。音大でリコーダーの専攻が一種の『穴場』だったからという以上のことがあるなら説明してほしい。なお「濱田芳道」は1961年生まれ。1992年の大河ドラマ「信長 KING OF ZIPANGU」に出演、1994年から古楽アンサンブル「アントネッロ」を主宰、1995年にはスタジオジブリの映画「耳を澄ませば」の録音に参加している。
- 「テルー」(2024年5月1日):
「トトロ」の発音は特訓されているが、それ以外の音がだめ。/“ノヴァラニィ”/“フルゥイテルー”/「晩」なんだけれども「ヴァラ」みたいな音にナッテルー。「吹いてる」なんだけれども「フルゥイテルー」みたいな音に、…ナッテルー!!(※巻き舌)/なんだそのテルーみたいな発音は…テルーみたいな発音はっ!!/この「グラモフォン」(※意味深な言いかた)を日本の『聴衆』(※疑問符)は手拍子で(…手拍子で!?)喜ぶだろうけれども、それは“不自然さ”をおもしろがってるだけなのであって「受け入れ」ているとか、ましてやリスペクトのもとに聴き入っているということでは、ないのである。/「グランマが本を読んでくれる」のが「グラモフォン」だといいます。 - 吉松隆「音楽の〈和風(ジャポニズム)〉雑感」(2008年1月10日):
現代の日本人(もちろん自分を含めて)は、洋服を着て椅子とテーブルとベッドのある家で暮らし、パンやパスタを食べ珈琲やワインを飲む暮らしをしている。それ自体は、西欧人の暮らしと大差はない。音楽にしても、普通の家庭にピアノやギターがあり、TVやラジオからは欧米でヒットしているポップスが流れ、子供のころからそう言った西洋の音楽に慣れ親しんでいる。(略)音楽の深奥に足を踏み込んだ時、自分の「出自」とその音楽の「出自」との距離感は、無邪気に「音楽に国境はない」などと信じていた甘い期待を打ち砕く。/もちろん、うわべは「人間平等」がグローバル・スタンダードとされているから、それと分かる露骨な差別はない(ことになっている)。それに、ここまで世界が多民族的なカオスになっている現状では、「国籍」がほとんど意味を成さない場面も少なくない。ただ、頭でどう納得しようと「日本人がなぜ西洋の音楽を?」という素朴で根源的な疑問は消し去れない。消し去れる筈もない。/西欧人は、シャッとかバチンとかいう極めて短い効果音的なサウンドに極めて敏感に反応する。具体的には「ヒョウッ」という尺八のムラ息や「バチン」という琵琶の打撃音あたり。これを聴いた西洋人は必ず「オー、サムライ!」と叫んで感嘆するから、これはサムライ映画の影響だろうか。/西洋音楽における「テンポ」は、モデラート(中庸に)を基本にして、アンダンテ~アダージョ~ラルゴ~レントと遅くなるわけだが、どうやらその下限は「MM=42(リズムの一拍が毎分42の遅さ)」あたり。これは「きわめてゆっくり息をする」ほどのテンポなのだが、これ以下の早さを実際の音楽で使うことは滅多にない。つまり、西洋人の耳には「MM=42」より遅いテンポのものを「リズムのある音楽」として認知しないらしいのだ。それに対して、日本人の耳(現代人はもはやそうではないかも知れないが)はそれより遅い「MM=40」以下の音楽に耳慣れている。雅楽などがそうだし、能における「リズムとしては感知できないような」音楽も、実を言うと背後に(MM=40以下の)きわめてスローなリズムが流れている場合がある。この極めてスローで伸び縮みするリズムも、日本人にとっては立派に「カウント(リズムを数える)」される世界なのだが、もはやそれをリズムとは感知しない西洋人の耳には、摩訶不思議な「リズムもテンポもない世界」に漂っているとしか感じられない。/日本人であると言うことを押し隠して「音楽の世界」で再創造の輪に入ることは出来ない。しかし、日本人だからと言う理由だけでジャポニズムを標榜すべきだとは思えない。能や歌舞伎などろくに見たことがないのに、日本人だからと言って自分の作品に能や歌舞伎を引っ張り出す姿は、むしろ醜悪に見えることすらある。/最近では「フジヤマ・ゲイシャ」のジャポニズムなどより、「アニメやオタク」のジャポニズムの方が遥かに世界的認知度を高めている現状もある。 - 「故人」(2024年9月9日):
きちんと絵を描く人(=描ける人)という意味での『本物の』ピクシブのユーザーなら心配ないのだが、ピクシブの説明に「アニメ、マンガ、ゲーム」などと文化庁のCMに出てきていた落語家(※故人)みたいな文言で書いてある「ゲーム」というのを自分勝手に拡大解釈して(略)絵を描く人どうしで認め合う場の、入口に立てていない人(=絵を描けないのに参加しようとしてゲームのスクリーンショットを貼ってしまう人)というのは、きちんと追い返す必要がある。 - 「ゲーム屋さん」(2020年12月1日):
プログラマーだけでゲームをつくり始めちゃって音楽は拾い…じゃなくて、“借り物”ですんませんみたいな『借り物競争!』をしていた時代があったんですよ。(略)ROMだから焼きなおせないし、ソフトウェアやサービスを提供するんだという自覚に乏しいまま「ブツ」としてROMカセットやCD-ROMをむにゃーっとこしらえては売り歩いて生計を立てる者がいた時代/「売り歩いて」という商売のひとはじぶんでは何も作れないのだ。いかにして安く作らせて買い叩いて高く売りさばいて逃げ切るかというところに長けている。/こういう時代から進歩のない商売しかしていないひと(≒業界)もいる(ある)のだ。「ゲーム屋さん」と呼ぶしかない。 - 「権代敦彦」(2018年1月1日):
“今年のN響の委嘱作品は権代敦彦の「Utopia(ユートピア)~どこにもない場所~作品142」。権代の新作で、この日が世界初演となる。”/“「曲は『ミ♭・レ・ド』の3つの音で全部できている。会場に『ミ♭・レ・ド』がまん延する。『ミ♭・レ・ド』だけでどこにも行けない。どこにもない場所、それがユートピアです」と権代はプレトークで自作を説明した。”/“しかしどんなに変奏され、どんな音響や音色が降りてこようが、最後には「ド」の壁に行き着くしかなく、その先へはどうやっても行けない。彼の論理と哲学に思わず笑いがこみ上げてくる。”/“それでも出口が見つかるのではないか、ユートピアはあるんじゃないのか、と思わせたのが最後のカーンという鐘の音だ。鐘に音程が無ければ、打楽器や自然音が突破口になりそうだ。しかし演奏会後に権代に聞いてみると「あの鐘の音は『ド』。音程はちゃんとあって、やはり『ド』です」。”/どどどどーどっどーっ!! ピクルスが1あがった! ピクルスが2あがった! なんとピクルスをみつけた! なんとピクルスがおきあがり(大巾に中略)わあぃきときとすっぱいピクルスぴくるすぅ。半音とか1/4みたいな音だってあるのに何でもドレミで歌えると思いこむひと低~い!(※小町の見解です。) - 「ドビュッシー」(2024年2月29日):
…宮城道雄でも武満徹でもないよドビュッシーだよ。/“宮城道雄の作品表をみると、水にちなんだ作品がとても多く、ついついドビュッシーを連想する。”/“明治以来、日本の作曲家は西洋の作曲家を手本に道を切り拓いていった。”/“チーズ屋のオーロラ姫”/往年のNHK-FM「恋する音楽小説」で「サティ」の回があって「ドビュッシー」の回もあった…ような気がする。(※うろ覚え) - 「クロード・ドビュッシー」:
本人は「印象派」と呼ばれることを強く拒否した。/1889年は27歳(略)6月にパリ万国博覧会でジャワ音楽(ガムラン)を耳にしたことは、その後の彼の音楽に大きな影響を与えた。/12月22日に『牧神の午後への前奏曲』が初演。/1915年、『12の練習曲』や『6つの古代碑銘』などを生み出す。/2台ピアノのための『白と黒で』や『チェロソナタ』などを含む4つの作品が初演されている。 - 「ピアノと管弦楽のための幻想曲(ドビュッシー)」:
クロード・ドビュッシーが1889年から1890年にかけて作曲したピアノ協奏曲。/ドビュッシーがローマ大賞を受賞して留学を果たしたローマにおける、一連の留学作品に位置づけられる。/ヴィラ・メディチでの生活に居心地の悪さを感じた作曲者が、留学期間を短縮してパリへと帰国してからのことであった。/この幻想曲はドビュッシーの生前には初演も出版もされることはなかった。/アレグロ・モルト/ト長調/第2部は低音で第1楽章の主題に基づくフィナーレの主題が暗示される中、速度が上昇してピアノのトリルが繰り返されるとト長調のアレグロ・モルトへと至る。ここでの主題は様々に形を変えてこの楽章の各所に用いられる。他に5連符で始まる活気のある主題は印象的である。1度は穏やかな表情を見せるものの曲は再び盛り上がり、次々に速度を上げるよう指示が書き込まれる中、最後はト長調で賑やかに全曲の幕を下ろす。 - 国立国会図書館「和風月名(わふうげつめい)」:
3月/弥生(やよい)/木草弥生い茂る(きくさいやおいしげる、草木が生い茂る)月。/和風月名は旧暦の季節や行事に合わせたもので、現在の暦でも使用されることがありますが、現在の季節感とは1~2ヶ月ほどのずれがあります。 - 「ルビ」(2021年12月1日):
“某国の首相はマンガばかり読んでいたから漢字が読めないと批判されました。しかし、少年誌と違い青年誌は漢字にルビがありません。すると彼はずっと「誤読」のままストーリーを理解したのでしょうか。そんな彼の語る「マンガは文化」という主張の根拠にいささか疑問が残ります。”
※以前の記事で「ドラクエ3の外箱や広告では漢字にルビがない」と説明しましたが、タイトルの「伝説」という漢字のみルビがありました。ルビがなかったら「伝説」と書いて「レジェンド」と読ませるのかもしれないと思わせられる時代でした。素直に「でんせつ」と読めばいいのだということはルビがない限りわからないことです。
- ドビュッシーの「幻想曲」
~小川典子のピアノとシンガポール交響楽団(ラン・シュイ指揮)~
(8分34秒・2011年録音) - シューマンの「子供の情景」から「見知らぬ国と人々について」
~イディル・ビレットのピアノで~
(1分27秒・1993年録音)
- 「団体行動」(2023年5月31日):
…整列! 点呼! 飛行機では目を食いしばれぇ/コンバットなヘルメットをベレー帽にかぶり替えただけではないか。「太平洋観光」という会社名は「太平洋戦争」をうまく言い換えたつもりになったものである。どこに行っても平常心で団体行動ができる訓練を怠らない。 - 「西太子堂」(2021年12月1日):
西太子堂から371mすすんで、それから、えーと、…三軒茶屋! 三軒茶屋に行くの。3回まわって、そこから291mすすむの。それから(以下略)えー…(てんてんてん)。 - 「兵役・ツナマヨ・ポテトサラダ」(2023年7月7日):
「なになにはなにの味」といった映画のタイトルみたいに言えば「兵役はポテトサラダの味」であり、物の名前を短い順に3つ並べただけのB級映画にありがちなタイトルふうに言えば「兵役・ツナマヨ・ポテトサラダ」である。/入隊しないと食べられない味というのがあってこそ志願者を集められるのではありませんか。記憶にございません。ツナマヨとポテトサラダをこれでもかと市中にばらまいておいて、いざというときは入隊しないと食べられないものに逆戻りさせればよい。もっと記憶にございません。/まさかこんなものに化けるとはさすがのドイツ兵も思っていなかったはずだ。/誰にも何も思われていなさそうな物こそが、実はすごくニッポンなんじゃないか。 - 「西武」(2022年8月1日):
「西武劇場」で「ロック」みたいに「フラッシュ」焚いて「大音響」。「西武劇場」。モビットとアイカツ。 - 「西武」(2023年6月1日):
「西武の黄色い電車」という、そこらへんでしか言わない言いかた。電車賃くらいの小銭を見ず知らずの他人から借りようとするような言い草。/官民の区別がない=官すらも西武のものと思ってる!/目と鼻の先に乗換改札口があって迷いようがないところで、わざとやってるんじゃないかという感じにJRの駅員に「西武」という単語を浴びせ続けるフジテレビの記者みたいな利用者がたぶん大勢いるのよ。そういうところが西武なのよ。 - 「西武」(2022年10月1日):
全国にどれだけいろいろな経営のスキー場があるかということをふつうは考えるものだが、ふつうは考えるということも承知の上でわざと「苗場」だけを唐突に挙げてみせる。こういうところが西武である。すごく西武のほうから来ましたみたいにいばり散らすひとである。/単に「苗場」しか知らんということかもだけど、そうするとこんどは、あなたに「苗場」しか知らせないような周囲の者があくどいということになる。スキー場はたくさんあって、どれもそれぞれの魅力を持つ。そうしたスキー場すべてへのリスペクトのもとでは、特定のスキー場だけを名指しすることは避けようというもの。 - 「西武」(2024年3月1日):
オイルショックだから箱根にドライブとかいわないでパルコにおいでよみたいにいう西武の罠にまんまとかかった若かりし頃の片山杜秀氏。/“戦後日本において、実験工房から西武美術館までの前衛音楽の流れを追いながら、サティの受容の様子を究明していく。当初は、前衛音楽家たちによって演奏され、評価されてきていたサティだったが、西武美術館を経たころから、一般にも広く知られるようになり、一種のサティ・ブームの状況が生まれていった。そのきっかけとなった秋山邦晴による連続演奏会や、背景となった聴衆の変化などを明らかにする。”/古本屋をめぐりながらコーヒーをたしなみサティを聞いてみせるというスタイルを『西武』が提案したのではないか。家は狭いし電車は大混雑。その現実から目を逸らさせる目的で。 - 「西武」(2024年3月1日):
秋津で線路がつながっているため、その箇所のめったに使わない信号とポイントのためだけに、武蔵野線のデータが常時、JRから送信されてくるのをいいことに、受信したデータをじぶんのもののように使ってしまう西武鉄道。 - 「西武」(2021年3月21日):
“掲示されていたのは「電車と西武バス 乗り継ぎ早わかり図」。”/“西武線の車内にある「乗り継ぎ早わかり図」(提供:西武バス)”/自社線はあんなに貧弱なままにしておいて、距離の近さを逆手にとってJR線や他社線の駅前に自社の路線バスを大量に発着させる。自社線でさばけない旅客をJR線や他社線の駅まで自社の路線バスで送り込んで、あとは知らない。/最初から他社線をあてにするなんてとんでもないのだが、ある時期にそういう案内を拡充せよという錦の御旗もとい通達があって以来、堂々と他社線を最初からあてにするような図を電車内に掲出するようになった。 - 「西武」(2022年1月1日):
存在が薄い川越と渡辺と中村。なるほど薄ければ薄いほど引き立つぞ。/無名の川越と渡辺と中村こそ称えられるべき。 - 「西武」(2022年10月1日):
なぜ機器箱に「JRマーク」がついているのか。/西武鉄道がJRのケーブルを切断したことがあったから説。 - 「ロベルト・シューマン」:
シューマンは6歳から4年間、私立の初等予備学校で学んだ。/指の故障によりピアニストを断念、作曲家となる。/1831年の「自伝的覚え書き」にシューマンは「テクニックの練習をしすぎて、右手がだめになってしまった」と記している。/1889年、シューマンの研究家フリードリヒ・ニークスがクララに会ってインタビューしたところ、クララはシューマンが故障した指は右手の第2指であり、固い無音鍵盤で練習したのが原因だと語った。/『巨人』、『生意気ざかり』、『見えない少舎』、『宵の明星』などのジャン・パウル作品をシューマンは精読し、傾倒のあまり、自分より傾倒の度合いの少ないものを敵対者と見なしかねないほどだった。/シューマンがひとつのことにこだわる傾向は作曲分野以外にも見られ、曲の中でリズムパターンに固執する例も多い。 - 「子供の情景」:
この曲はフランツ・リストを感動させた。彼は「この曲のおかげで私は生涯最大の喜びを味わうことができた」とシューマンへの手紙に書き、週に2、3回は娘のために弾いていると明かしている。「この曲は娘を夢中にさせますし、またそれ以上に私もこの曲に夢中なのです。というわけで私は、しばしば第1曲を20回も弾かされて、ちっとも先に進みません。」/岡山から出雲市を結ぶ特急「やくも」の車内では、オルゴール調にアレンジされた『第1曲 見知らぬ国と人々について』が車内チャイムとして流れる。
作曲家自身が「ジャポニズム」を意識せず作曲した(であろう)曲の中に「ジャポニズム」を感じ取る。これができてこそ『日本人』ではないだろうか。ひいてはドビュッシーこそが「ジャポニズム」なのであり、ドビュッシーから独立した「ジャポニズム」などどこにもないのではないかと悩み続けてこそ『日本人』なのではないだろうか。わたしたちは世界各地の特色あるクラシック音楽を物見遊山の気分で楽しむが、聴き進めるほどにむしろ突き付けられてくるのが、わたしたち自身が『何者』なのかということだ。これは「ドラクエ3」というゲームに関しても例外なく起きてくることで、『新しいドラクエ3の音楽』に対しては冷酷なほどに問われることになるだろう。そのプレッシャーから逃れて“内向き”な音楽(ひいてはゲーム内容すらも)に終始し続けることもできはするが、なまじ国際的な知名度を得ているだけに、「ドラクエ3」ひいては「ドラゴンクエスト」シリーズの一挙手一投足には全世界が注目しているのだ。…たぶん。