DQ3 THE WORLD TOUR ZOO ▶ ジパング


最終更新:2026年10月12日

ジパング

ドラクエ3の「ジパング」は四国が大きいが淡路島が見当たらない。なるほど、琵琶湖はまだない。ドラクエ3の「ジパング」は、淡路島と琵琶湖ができる前の時代を描いているのだ。その「ジパング」が2024年11月14日に発売されたHD-2D版ではすごいことになっている。どこへゆくドラクエ3。そして「ジパング」。ディスカバーなにがし。ゆえに我あり。

四国4県の面積は18,803km2。これが、ドラクエ3のフィールドマップでは3マスで表現されている。1マスは6,268km2である。九州8県の面積は44,512km2。ドラクエ3のフィールドマップでは7マスで、1マスは6,359km2。四国と九州は同じ縮尺で描かれている。これに対し本州の面積は225,800km2。ドラクエ3のフィールドマップでは14マスで、1マスは16,129km2。四国の縮尺と比べて0.6倍くらいに小さく描かれていることがわかる。なお、北海道はドラクエ3のフィールドマップでは6マスで、九州より小さい。83,422km2が6マスで描かれているので1マスは13,904km2で、四国の縮尺と比べて0.7倍くらいとなっている。これには「ドラゴンクエスト」の制作陣が「オホーツクに消ゆ」のロケハンで北海道を訪れたことが少なからず大きく影響しているだろう。訪れる前は「非常に広い」というイメージを持っているが、実際に訪れてみると、いくら高台に登ろうとも地球の丸みのせいで一望できる範囲は一定だ。このような心理的なギャップにより「思ったほど広くない」という印象が強く生じて、実際の北海道の面積の数字よりだいぶ小さいと知覚されるのである。また、北海道についての学習において面積を数字で暗記することは稀で、どちらかと言えばあの独特の形状のほうを覚えがちである。北海道という島の形はああいう形で東西南北それぞれに尖っているので、面積が大きいとは感じられにくい。あるいは地図の図法について習いたての年齢の人が得意げに「実は北海道は小さいんだよ!」と過剰に言い募るきらいがあるのも一因かも知れない。では、ドラクエ3のフィールドマップで四国が2マスならよいのか。それでは小さすぎるというのは論を待たないだろう。横に3マスないと、四国の『横長』な感じを表現できないのである。あくまで四国は3マスとして、縮尺を四国と九州に揃えるならば、本州は36マス、北海道は13マスで描くこととなるが、それもまた四国が小さすぎるという印象になってしまうだろう。かようにドラクエ3とは四国に強いこだわりがある作品なのだ。…え? ちがう?

NHK-FM「古楽の楽しみ」に出演した「濱田芳道」(2025年12月5日放送)はバーゼル・スコラ・カントルムに留学中「なぜ『日本人』が「こんなところ」でリコーダー「なんか」吹いているんだ」という目にさらされ「肩身の狭い思い」をしたという。長崎に伝わった「南蛮音楽」を挙げ「天正遣欧少年使節」についてとうとうと語る「濱田芳道」ではあるが、日本でリコーダーを専攻しても、せいぜい「けん玉の名人」の同類としか思われないのは事実であるし、そもそも「なぜ『日本人』が「こんなところ」でリコーダー「なんか」吹いているんだ」への『答え』にはなっていない。音大でリコーダーの専攻が一種の『穴場』だったからという以上のことがあるなら説明してほしい。なお「濱田芳道」は1961年生まれ。1992年の大河ドラマ「信長 KING OF ZIPANGU」に出演、1994年から古楽アンサンブル「アントネッロ」を主宰、1995年にはスタジオジブリの映画「耳を澄ませば」の録音に参加している。

※以前の記事で「ドラクエ3の外箱や広告では漢字にルビがない」と説明しましたが、タイトルの「伝説」という漢字のみルビがありました。ルビがなかったら「伝説」と書いて「レジェンド」と読ませるのかもしれないと思わせられる時代でした。素直に「でんせつ」と読めばいいのだということはルビがない限りわからないことです。

  1. ドビュッシーの「幻想曲」
    ~小川典子のピアノとシンガポール交響楽団(ラン・シュイ指揮)~

    (8分34秒・2011年録音)

  2. シューマンの「子供の情景」から「見知らぬ国と人々について」
    ~イディル・ビレットのピアノで~

    (1分27秒・1993年録音)

作曲家自身が「ジャポニズム」を意識せず作曲した(であろう)曲の中に「ジャポニズム」を感じ取る。これができてこそ『日本人』ではないだろうか。ひいてはドビュッシーこそが「ジャポニズム」なのであり、ドビュッシーから独立した「ジャポニズム」などどこにもないのではないかと悩み続けてこそ『日本人』なのではないだろうか。わたしたちは世界各地の特色あるクラシック音楽を物見遊山の気分で楽しむが、聴き進めるほどにむしろ突き付けられてくるのが、わたしたち自身が『何者』なのかということだ。これは「ドラクエ3」というゲームに関しても例外なく起きてくることで、『新しいドラクエ3の音楽』に対しては冷酷なほどに問われることになるだろう。そのプレッシャーから逃れて“内向き”な音楽(ひいてはゲーム内容すらも)に終始し続けることもできはするが、なまじ国際的な知名度を得ているだけに、「ドラクエ3」ひいては「ドラゴンクエスト」シリーズの一挙手一投足には全世界が注目しているのだ。…たぶん。